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今日は朝日も綺麗でドライブ日和。 名神道〜北陸道福井IC〜R158で一乗谷へ 予てより狙っていた一乗谷攻略。 ここ一乗谷は戦国武将・朝倉氏が栄華を誇った本拠地です。 先ず一乗谷朝倉氏館資料館へ 一乗谷朝倉氏館資料館は一乗谷から出土された陶磁器をはじめ石・木・金属・紙製品など多数の出土物から当時の生活の様子がうかがえます。又地形模型・朝倉氏館復元模型と朝倉氏の歩み等の資料が展示されています。 朝倉氏遺跡を見学する前にこの資料館に立ち寄るとよいでしょう。 一乗谷川より朝倉氏館跡 後方の山が 一乗谷城 一乗谷川に沿って細長くのびる一乗谷。今から530年前戦国武将・朝倉氏はこの地を拠点として、五代に渡って越前の国を支配し栄華を誇りました。最盛期の頃には人工1万人を超える城下町であったと言われていますが、1573年、朝倉氏は織田信長に敗北し跡形もなく町を焼き払われ、以来400年以上もの間、地中で静かに眠っていたのです。 昭和42年に初めて本格的な発掘調査が行われ、以来、当主の館や武家屋敷などの建物跡、道路等が完全な形で発掘されました。まさに400年の眠りから覚めた遺跡は貴重な歴史価値から特別史跡に、庭園が特別名勝に指定されています。(パンフ参照) 朝倉館西門 現在の門は江戸初期のもので、朝倉氏5代義景の菩提を弔うために、館跡に建てられた松雲院の正門(唐門)です。 館跡内 奥から西門を見る。 館跡内 庭園が見える。 石は出土した時のままの建物礎石群。 館内庭園 特別名勝に指定されている庭園の一つです。 一乗谷朝倉氏館復原模型 一乗谷朝倉氏館資料館展示 一乗谷川 当時もこの様に、穏やかに流れていたんでしょうか・・。 館の川向いに当時を復原した町並みがあります。 発掘調査により検出された町を、南北200mの道路を中心に、地下に残されいた塀の石垣や建物基礎を、用い出土資料に基づいて再現されています。 町並み復原模型 現地での立体復原家屋はこの模型の一部です。 武家屋敷通り 武家の座敷 武家の台所 町屋通り 町屋の様子 通りを歩いていると、戦国時代にタイムスリップして、向こうから当時の人が、歩いて来るようなきがします。 一乗谷案内図 拡大して見て下さい。 一乗谷川に沿った帯状の平地と、両側にそびえる山地からなる雪深いこの地で、当時の人々は、どんな暮らしだったんでしょうか・・。 戦国時代からタイムスリップして次の目的地の大安禅寺へ ’07年6月17日 福井 越前散策2〈大安禅寺花菖蒲園編〉へ続く 近畿道〜名神道〜北陸道〜R158〜県31〜県18(一乗谷朝倉氏館跡)県18〜県31〜R158〜県5〜R416(大安禅寺花菖蒲園) 「一乗谷朝倉氏遺跡資料館」福井県福井市家安波賀町4−10 0776-41-2301 「一乗谷朝倉氏遺跡管理事務所」福井県福井市木戸ノ内町10−48 077641-2173 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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福井 一乗谷朝倉氏遺跡 〜 岐阜 郡上八幡
今日から富山へ帰省します。5:30amに出発しました。 ...続きを見る |
暁の森から 2007/08/21 21:26 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
一乗谷は一度も立ち寄ったことがありません。 |
ともっぺ 2007/06/20 16:52 |
何時かは、訪れたいと思っていました。 |
じょうじ 2007/06/20 21:00 |
福井は富山帰省時に通りますが、こんな面白いところがあったなんて知りませんでした。 |
あかつき 2007/06/21 20:14 |
ここ一乗谷はここで紹介したもの外に多数の遺跡群があります。 |
じょうじ 2007/06/21 22:31 |
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